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8.おミツには見えていない

Author: 中岡 始
last update publish date: 2026-10-09 13:57:31

しばらく、誰も口を開かなかった。

智恵子はハンカチを膝の上へ置いた。

真琴がそこにいる。

そう思うだけで、何度も後ろを振り返りたくなる。

けれど、見ても何も見えないことはもう分かっていた。

代わりに玲玄を見る。

玲玄は先ほどと変わらず、静かな顔をしている。

真琴の声が聞こえた。

そう言った。

それなのに、娘の話をそのまま事実とは受け取らない。

そのことが、智恵子にはまだ理解できなかった。

圭吾に殺された。

真琴はそう言っているのに。

そのとき。

カリ。

小さな音がした。

智恵子が顔を上げる。

カリカリ。

今度ははっきり聞こえた。

襖の向こうだ。

湊がそちらを見る。

また、

カリカリ。

少し間を置いて、

「にゃあ」

智恵子は瞬きをした。

湊が困ったような顔をする。

「来ましたね」

「猫ですか?」

智恵子が尋ねると、湊が頷いた。

「たぶん」

襖の向こうから、もう一度。

「にゃあ」

今度は少し長い。

玲玄が小さく息を吐いた。

「開けてやってください」

「いいんですか?」

「開けへんかったら、ずっとやります」

一瞬。

智恵子は玲玄を見た。

今の言い方。

それまでの丁寧な標準語とは、ほんの少し
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    しばらく、誰も口を開かなかった。智恵子はハンカチを膝の上へ置いた。真琴がそこにいる。そう思うだけで、何度も後ろを振り返りたくなる。けれど、見ても何も見えないことはもう分かっていた。代わりに玲玄を見る。玲玄は先ほどと変わらず、静かな顔をしている。真琴の声が聞こえた。そう言った。それなのに、娘の話をそのまま事実とは受け取らない。そのことが、智恵子にはまだ理解できなかった。圭吾に殺された。真琴はそう言っているのに。そのとき。カリ。小さな音がした。智恵子が顔を上げる。カリカリ。今度ははっきり聞こえた。襖の向こうだ。湊がそちらを見る。また、カリカリ。少し間を置いて、「にゃあ」智恵子は瞬きをした。湊が困ったような顔をする。「来ましたね」「猫ですか?」智恵子が尋ねると、湊が頷いた。「たぶん」襖の向こうから、もう一度。「にゃあ」今度は少し長い。玲玄が小さく息を吐いた。「開けてやってください」「いいんですか?」「開けへんかったら、ずっとやります」一瞬。智恵子は玲玄を見た。今の言い方。それまでの丁寧な標準語とは、ほんの少し違った気がした。だが玲玄は何事もなかったように座っている。湊も特に反応しない。「分かりました」湊が立ち上がり、襖を少し開けた。すぐに、小さな頭が隙間から入ってくる。三毛猫だった。白を基調に、黒と茶の毛が不規則に混じっている。顔を覗かせたかと思うと、遠慮する様子もなくするりと部屋へ入ってきた。「おミツ」玲玄が呼ぶ。猫は反応しない。そのまま真っ直ぐ畳の上を歩いていく。「お前、今仕事中やぞ」玲玄が言った。やはり少しだけ、先ほどまでと口調が違う。おミツは当然のように無視した。智恵子は思わず口元を緩めた。先ほどまで、殺された。警察。圭吾。そんな言葉ばかりが飛び交っていた部屋へ、急に猫が入ってきた。しかも、霊能者の言うことなどまるで聞いていない。おミツは座卓の横を通り過ぎる。玲玄が手を伸ばしかけたが、猫はその直前でするりと方向を変えた。湊の足元へ行く。「……お前な」玲玄が小さく呟く。智恵子は、また少しだけ笑った。その声に気づいたのか、玲玄がこちらを見る。「すみません。邪魔でしたら出しますので」「いえ」智恵子は首を振った。「大丈夫で

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